2017-08

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

うちなんちゅ REMAIND 367日前

昨日3月11日は東北大震災が起こった日。
あれからもう一年が経った。

その当日、ヒロノリは調整員さん宅で食事をごちそうになっており、そのテレビでリアルタイムの震災の映像を見た。
それまでもスマトラ沖地震などで大震災、津波の被害映像は見たことがあったが、母国で起こった自然災害もなんだか非現実的なものに感じられたことを今でも覚えている。


その翌日、被災地福島県出身の先輩隊員と地震速報を見ていた。
一夜明けてもまだ地震が発生し、その被害がどんどん膨らんでいく。
その先輩隊員はなかなか家族と連絡が取れず、安否確認ができない不安そうな顔をしていた。


不幸中の幸いというべきか、地元沖縄は震源地から遠く離れており、全くと言ってよいほど被害は受けなかったようだが、当時兄弟が東京に住んでいた。
兄はあっけらかんとしたもので「いきなり揺れてしかんださぁ~」とか言っていた。
普段はほぼ音信不通状態の弟もこのときばかりは自ら母に連絡したそうだ。


震災後、会うスリランカ人みんなが
「震災の被害は大丈夫か?お前の地元は大丈夫か?家族と連絡はとれたか?」
と心配してくれた。
「私たちに何かできないか?」
という言葉に、ちょっとスリランカのことが好きになった。


震災当時、海外協力隊事業について
「今、母国がこれだけ大変は状態に陥っているのに、税金を使って海外協力なんて・・・」
という批判もあったという。

震災当時日本にいて、直後に派遣されてきた隊員に話を聞いたことがある。
当然彼らもかなり悩んだそうだが
「海外に行く、居るからこそできることもある」
という気持ちで派遣に臨んだそうだ。
そう決意するまでの葛藤は計り知れないものだろう。


被災者や被害者家族、同じ国内でも被害がなかった地域の人々、外国の人々、その時に外国へ旅立つ人々。
立場は違えど、それぞれを不安にさせ、心をかき乱した大災害だった。



その後のニュースなどでは、日本の災害に対する対応、復興の速さが注目されたが
それでも完全復興には程遠い。
自然の前には人間はなんと無力なものか・・・




今現在も原子力発電所の崩壊にともなう放射線汚染が続き、避難所生活を余儀なくされいる人々、
行方不明になっている人々が大勢いる。


彼らが一時でも早く以前の生活に戻れるように
彼らが一時でも早く心から笑えるように
遠く南の国から黙祷した昨日の夜。
スポンサーサイト

● COMMENT FORM ●


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://hirosuke5223.blog98.fc2.com/tb.php/195-68bf0cd1
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

うちなんちゅ SPEECH つれづれなるままに «  | BLOG TOP |  » らんかんちゅ WRAPPING 贈り物

プロフィール

ヒロノリ

Author:ヒロノリ
まさかのスリランカおかわり。
しかもネット環境がすごぶる悪いド田舎での活動とあいなりました。

帰国カウントダウン

再度の帰国まで

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

リンク

このブログをリンクに追加する

カテゴリ

未分類 (20)
ブログ (15)
生活 (133)
活動 (40)
学校 (21)
遠征 (38)
週刊シリプラ (25)

検索フォーム

RSSリンクの表示

QRコード

QR

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。