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2020-06

ランカ東方見聞録【なーる】

はいさい!!戦争を知らない子どもたち。ヒロノリです。
第二次世界大戦から70年が過ぎようとしています。

ランカ東方見聞録第四弾。
「スリランカに原爆展の恐ろしさを伝える」自主活動・原爆展

うちなんちゅ IN クルネーガラからの読者諸兄はご存知と思うが、
パネル展示やオリジナルの人形劇を通してスリランカに原爆の恐ろしさを伝える原爆展という自主活動団体(本来の活動外で有志が行う)がある。
元々広島出身の隊員(大先輩)が始めたもので、少なくとも4年以上も前からある団体である。


ラージャンガナヤなの場所はこちら

大きな地図で見る
「東部じゃないじゃん、ラージャンガナヤ」とかいう無粋や輩は置いといて。

ラージャンガナヤには現在5名の隊員が活動しており、CBRという組織に配属されそれぞれの得意分野を活かしてラージャガナヤの社会福祉、社会環境の向上目指して活動している。
複数の隊員が連携して活動する「チーム派遣」が行われている地域だ。

そんなラージャンガナヤでの原爆展の公演は実は3回目(4回目?)
お得意先である。

今回はとある学校での公演となった。

今回の目玉はなんと言っても「被爆2.5世」のJICA職員によるお話である。
彼は広島の出身で祖父母とご両親が被爆、直接ではないしろ原爆の影響を受けた。
戦争が終わっても終わらない原爆の恐ろしさを慣れないシンハラ語で伝えてくれた。
彼の思いがスリランカの子どもたちの心に刻まれたことを心から願う。
ありがとうございました。

ラージャンガナヤ原爆展
いつも演者の方なので、良い写真ないんですよね・・・

途中、ヒロノリがスクリーンをぶっ壊すなどのアクシデントもあったものの、原爆展は無事?終了。
これからも原爆のこと、戦争のこと、平和の尊さを伝え続けて欲しい。
曲がりなりにも私も沖縄出身なのでね。

原爆展のバンに乗って一路コロンボへ。ヒロノリの東方の旅は終わった。
お世話になった皆様、ありがとうございました。


そんな東部での一週間。

うちなんちゅ IN ラッシャヒ

アッサラーム・アライクム!!バスの中でスリランカに行ったことがある人に会って少し嬉しくなった。ヒロノリです。
なんだかんだ言ってもスリランカ隊員。


バングラデシュの北西、インドとの国境にある町ラッシャヒに行ってきた。
ここで活動する同期A隊員と合流していろいろと案内してもらった。


とりあえずやってきたのはシルクファクトリー
シルク工場

とあるスリランカ隊員から「一度行ってみたいからちょっと見てきて!」と指令を受けた場所である。
ラッシャヒは絹の生産と絹製品が有名だそうで、とある区画には工場が立ちならび、工場内を見学できるところも多い。
今回ヒロノリが訪れた場所にはショップも併設されており、かなり安く絹製品を手に入れることができる。

お買い物ついてでに社会科見学してみるのも一興。
蚕と触れ合うこともできる。



そしてその翌日。A隊員が活動するラッシャヒPTI(Primary Teachers Training Institude)を見学させてもらった。
俗に言う教員養成大学みたいな場所である。
ラッシャヒPTI

バングラデシュ国内には7ヶ所(だっけな)のPTIがあるそうだ。

残念ながら長期休み中で授業を見ることはできなかったが、校舎内を見せてもらうことができた。
スリランカの教員養成大学はかなり広大な敷地を持っているが、ここはそんなに敷地面積もなく、コンパクトに収まった感じ。
生徒数も400人程度だそうだ。

聞くところによると、バングラデシュでは教員免許を取得するのは学校教員のポストに就いた後。
つまり教員になってから教員免許を取得するそうだ。
日本人感覚では「それってどうなの?」ってもんだが、なんかしらの利点があるのだろう。

ここの校長先生にもお会いしていろいろとお話も伺った。
なんでも日本に研修に行ったことがあるそうで、バングラと日本の教育の違いについて熱く語ってくれた。
「日本の学校は清潔感があって設備も綺麗だ。管理が行き届いている」などなど、ベタ褒め。
照れるわ~(*´д`*)

スリランカのことについても少し話したが、興味を持って話を聞いていた(ようだ)


今回はA隊員の活動見学がメインの目的だったため、あまり観光はできなかったが、遺跡や博物館、インド国境などの見所もあるラッシャヒ。
是非行ってみては?

うちなんちゅ IN イード

アッサラーム・アライクム!!バングラ滞在三日目。ヒロノリです。
ぼちぼちベンガル語を覚えなければ・・・


バングラデシュはイスラム教国家。イスラム教徒がたくさんいる。
もちろん他の宗教もいる。

イスラム教の行事で有名なものと言えばラマダーン(断食)だが、それとセットで行わる祭りが
イード(Eid)である。
ラマダーン終了後、ラマダーンがあけたことを祝って開かれる祭り。年に二回あり、それぞれイ-ド・アル=フィトル(ヒジュラ歴第10月)、イ-ド・アル=アドハー(ヒジュラ歴第12月)と呼ばれそれぞれ三日間、四日間行われる。
それぞれ少し性格がことなるようだが、詳しくはイスラム教に詳しいことに聞いてください。
そいや、道端でハグし合う男性を多く見かけたが、イードと関係あるのだろうか?

なにを隠そうヒロノリ達がバングラデシュにやってきたのはそのイード・アル=フィトルの初日。
そしてこのイードの間は完全祝日。政府機関はもちろん、一般のお店もことごくお休み。
日本で言うところの正月やお盆のような状態になる。

そんな感じなので新聞でもこんな記事が出る。
イード新聞記事
「イードの帰省ラッシュ、ピークに」

この時期に合わせてダッカに住む人々が田舎に帰省するため、イード前日と最終日の翌日はものすごい混雑が起こるそうだ。
なのでイードの間はバングラデシュ名物?の交通渋滞が完全になりを潜め、半ばゴーストタウンと化していた。
買い物をしようにもシャッター街がつづき(ヒンドゥー街は開いてたけど)、遺跡や博物館を観光しようにも全部しまっているありさま。
かろうじて交通機関は動いており、道も空いているので移動は楽なのだが、いかんせんどこに行ってもやることがない状態。
いやはや、まいったまいった。

それでも他宗教の人々が開いてる店は空いているのでそれらを回ったり、最終日にはぼちぼち店も営業し始めるのでそこまで影響は感じなかったが・・・

今回のフィドルではお目にかかれないが、アドハーの時には道端で牛の解体が行われ、そこら中が血の海になるそうな。見たかったようなそうでもないような・・・
近隣にすむヒンドゥー教徒はどう思うのか、心境を聞いてみたくなった。


ちなみに、
この帰省ラッシュ中に店を営業していた人々(金持ち)がイード終了後に観光地に押し寄せるため、イード明けは各観光地がシーズンを迎えるそうな。
バングラ隊員曰く
バングラは自然の観光資源少なくて気候の影響がないから、客が多い時が観光シーズン
なんだそうな。
この辺は気候にでシーズンが変わるスリランカとは違うところ。
(ちなみにマリンレジャーでいうと4月から10月が東海岸、10月から4月までが南西海岸。今はなんか変な気候で若干違うみたいだけど・・・)

なので個人的に言えば、イード中の人が少ない時はスイスイ移動、のんびりできて意外と穴場かと思う。
特に最終日は増えては来るがまだ人や車はまばらで店も6割方営業を始めるのでおすすめ?
イードをはさんで長期滞在すると満喫できる。かもね。

ちなみに、滞在期間がイードとまるかぶりの同行者・S隊員は予定総崩れで唸っております。

旅行は計画的にって話。

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ばんぐらんちゅ IS アクティブ

アッサラーム・アライクン!!どっちかというと内向的。ヒロノリです。
昔はどっちかというとクールな部類だった。


今回からはヒロノリがバングラデシュで感じたことを徒然なるままに書いてみたいと思う。
主観なのでまぁ参考程度に読み流してください。


バングラデシュの人々の気質を一言で言い表すならアクティブという言葉がピッタリくるように思う。

どのくらいアクティブかと言えば
松葉杖のおじいちゃんが走る車と並走して物乞いするレベル
渋滞で低速走行だったんだけどね。


そして、とにかく気になった人物がいたらとりあえず絡む
我々は外国人なのでことさらのことかと思うが、10分歩けば絡まれると言っても過言ではないほど絡んでくる。
たんに挨拶してくるだけの人や、いきなり握手を求めてくる人。
食堂で同席したらとりあえず世間話。
気づいたら携帯でヒロノリ達をムービー撮影している人もいた。
英語がちょっと話せる人は意思疎通ができているかわからなくても話かけてくる。

この人に至っては、まったく英語が話せないにもかかわらず身振り手振りだけでガイドを買って出てきた。
ガイド志望
10分ほどいろいろ説明してくれたのだが、結局彼の声を聞くことはなかった(ろう者ではない)
そして何が言いたいのかもイマイチわからなかった。。。


ガイドといえば、ばんぐらんちゅはとっても親切
ガイドブックを持って突っ立てると例のごとく話しかけてきて、いつの間にやらいろいろと案内してくれる。
そしてある程度案内すると
それじゃ(゜-^*)/
って感じでお金を請求することもなく帰っていく。
ウザったい思う人もいるかと思うが、なかなか助かることもある。

そんな感じの人々だから、ものを尋ねると100%の確率でなにかしら教えてくれる。

といか、なんか悩んでたりリキシャ(三輪自転車タクシー?)の値段高交渉なんかでトラぶってると「なんだなんだ・・・」みたいな感じでワラワラと集まってきて、周りを巻き込んでベンガル語で相談、話し合いが決着するとどこからともなく英語が話せる人を連れてきて通訳してくれて問題解決。
それじゃ(゜-^*)/
って感じで解散する。今日一日で何回集会を開かせたことか(笑)

そして、カメラを出して写真を撮っていようものなら
「俺のこと撮ってくれよ!!」
遠くからでも叫んでくる。撮って見せてあげると満足そうに去っていく。
船の上のバングラ人


そんなんだから、上に書いたようなアクティブな物乞いさんもたくさんいる。
ある子どもたちは100mほどまとわりついたあげく、ホテルのロビーの中までついてきた。
そして従業員たちに蹴散らされた・・・
服を掴むのは当たり前、肘や腕をつかんだり中には手を握ってくる人々もいる。
彼らをどう扱えるかがバングラデシュ滞在を楽しむキモになるかもしれない。


もちろんみんながみんなが親切でフレンドリーなわけでなく、無愛想だったり恥ずかしがり屋な感じの人もいていろんな人と絡んでみるのも楽しみ方のひとつだろう。


そんなバングラデシュの人々。なんだか生きてるのが楽しそうである。
ブログバングラ人の笑顔

うちなんちゅ IN ダッカ

はいさい!!「この前ヒロノリにそっくりな人見たよ!」とバングラ隊員にカミングアウトされた。ヒロノリです。
うちなんちゅの顔は海を超える。


ということでやってきました。バングラデシュ!!
バングラ入国
実は協力隊に応募した時の第一志望はバングラデシュだったりと、ヒロノリに縁があるようで無い国。
とにかく人口密度が高い国として有名な国(らしい)
そしてアジア最貧国とも噂される国である。


とか言いつつ、まずヒロノリがビビったのが
バングラビル
ビル高ぇなおい・・・
なんか、初めて上野駅周辺に降り立った時の気持ちを思い出した。
もちろんスリランカにもある程度上背のあるビルはあるはずなのだが・・・なんでかねぇ?


そしてヒロノリのテンションが思わず上がったのが
A&W
A&W
日本には沖縄にしかないアメリカ発のファーストフード・チェーンである。
米軍占領期に参入してきたんだかなんだか・・・
何を隠そう、この店の独自飲料、ルートビアはヒロノリの好物の部類に入る。(これこの前記事書いた気がする)
やしがランカ隊員には不評。一緒に旅しているランカ隊員のS隊員からは
「湿布臭いコーラ」との評価をいただいた。おいしいのによぉ・・・


そしてA&Wを出たところでふと目にとまった屋台で売られていたのがハリム?と呼ばれるカレー。
ハリム
これがしっかま~さん!!
屋台だからなのかはわからないが、米やナンなしでルーだけでいただいたのだが、茶碗いっぱいのルーを二人してペロリと食べてしまった。
カレーでこんなに舌鼓をうったのはいつぶりだろうか。
これからの食生活に希望が湧き上がる。


さて、今回はツーリストとしてのとりあえずの印象をつらつらと書き綴ったが、次回からは隊員としてバングラデシュの文化や街の様子にも触れてみたいと思う。
といっても確実にアップするかはわからないが、なんせ書いてるのがヒロノリなので。


バングラデシュに夢一杯って話。

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Author:ヒロノリ
まさかのスリランカおかわり。
しかもネット環境がすごぶる悪いド田舎での活動とあいなりました。

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